寿司職人になるまでの話を少しずつ書いていこうと思います。
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日本のとある高校で、オンラインで職業講和の講師をさせていただくことになりました。どんな話しをしようかワクワクしてます。今の高校生にはどんな言葉が響くのかな?🧐
— 田中 康博 (@sushichefyasu) March 6, 2025
今は海外で寿司職人としてビジネスをしていますが、

学生時代は不登校で引きこもり、海外とは無縁の田舎者でした。
そんな自分が初めて海外に出たのが21歳の時です。
きっかけは、小さい頃に祖父に買ってもらった「21世紀子供地図館」という本でした。
いつか「寿司職人になるまで」を本にしたいと思っていて、
その一部をこうしてブログで紹介していきます。
2007年11月初旬、バンダバーグを後にした私はバイロンベイという海沿いの街を目指した。バイロンベイはサーフィンとヒッピーの街として有名だった。
ヒッピー文化には興味なかったがサーフィンをするためにこの街を訪れた。
乗馬牧場で一緒だった大阪出身のノリくんに何度かサーフィンを教えてもらってからハマっていたのだ。
のりくんは少し年上で身長は低いが面白くてイケメンなロン毛のお兄ちゃんだ。
サーフィンとドラム演奏はかなりの腕前だった。
牧場の隣に住んでいたショーンという若いお兄ちゃんの家の庭でパーティーがありその時のメンバーで参加したのだが、特設ステージでのバンド演奏に飛び入りで参加したノリくんのドラム演奏はみんなの度肝をぬくほど上手かった。
そんな調子のいいノリくんの「やす、お前センスええで!」という言葉に舞い上がり旅行者の分際で板まで買ってしまった。

バンダバーグを早くでたのにはサーフィンを早くしたいという理由もあった。そしてその時の私はギターも持ち歩いていた。
それも牧場で知り合った人の影響だ。
ジャックさん、日本人だがみんなにそう呼ばせていた。
ノリくんや私はジャックんと呼んで慕っていた。
ノリくんよりもさらに上の30歳のイケメンでロン毛のお兄ちゃんだ。
元中学の体育の教師だった。
退職したのちに元教え子の女子高生と付き合うという離れ業をやってのける破天荒さも持ち合わせていた。
元気で面白く、乗馬の上達も早くみんなから一目置かれていた。
そのジャックんがギターを弾いて歌うのだ。毎晩弾き語りをしてくれたがそれがとにかくカッコよかった。
それに憧れてよくギターを借りて練習していたものだ。

旅人はギターを弾いて歌うのだ。
私はピッキングで稼いだお金をギターとサーフボードに変えてバイロンベイにたどり着いた。
バイロンベイに着いた私はその足でスポーツ用品店に行き1人用のテントと寝袋、
簡易な釣り道具を購入した。
ロビンソン・クルーソーになるのだ。
海辺にテントを張って寝泊まりして釣った魚を食べて生活する、そんな生活に憧れていた。
- 18世紀イギリス小説に登場する、嵐で難破して無人島に漂着した男
- ゼロから自給自足のサバイバル生活を28年間も送り続けた
- 無人島開拓の元祖と言えるキャラクター
サーフィンにギターにロビンソン・クルーソー
今思うと何がしたいのかわからないが、とりあえずやりたいことは全部やる。
当時の私にはなんの抵抗もなかったのだ。
大荷物をかかえてビーチにたどり着いた。
美しい海、賑わうビーチ。
そしてそこには思いもよらぬ光景が広がっていたのだ。
ヒッピー文化によるものなのか、もしくは美しい海を前に開放的になってしまっているのか、女性がみな上半身裸なのだ。
はい、出てしまっている。
黄金色に日焼けした金髪美女達。
夢にまで見た楽園がそこにはあった。
私はバイロンベイが大好きになった。
すでにサーフィン、ギター、ロビンソン・クルーソーなどはどうでもよくなっていた。
22歳の男にとって美女の裸に勝てるものなどないのだ。
しばらく夢心地になったあと、長期滞在を決意した私はキャンプできそうな茂みを探した。

海沿いで人の目につきにくい場所、茂みの中を進んでいくと少し開けた絶好の場所を見つけた。誰かの焚き火のあともあったが人の気配はなかったのでそこに購入したばかりのテントを張った。
たまに近くを通る、人ほどに巨大なイグアナに死ぬほど驚いたりもした。
夕方になりまた茂みからゴソゴと何かが近づいてくる。
「今度は何だ?」まさかの人だった。
彼の名前はオリ。
お互いにビックリさせてしまったが事情を聞いてすぐに打ち解けた。
彼もここでキャンプをしていたのだ。
私より1つ年下のシドニー出身の青年で、彼も野宿をしながらオーストラリアを旅しているらしい。
全くワイルドさとは懸け離れた見た目で小綺麗な格好をしていた。
バイロンベイに着いて1週間くらいで昼は街のスーパーで働かせてもらっているらしい。
彼が持ち帰ってきたビールをいただきながらいろいろな話をした。

あっという間に夜になり2人で焚き火をかこんでの宴会は続いた。
そして私とオリの共同生活が始まった。
オリは早くからバイトに出て行った。
私は後片付けを済またあと荷物を茂みの中に隠し、午前中はサーフィンをした。

バイロンベイには世界大会が行われるようなサーフスポットがある。
丘の上からよく見学に行ったがさすがにそんなところには入っていけないので波の小さいビーチで気楽に練習していた。
たまにイルカが近くまでくることがあるのだが、
最初はサメだと思いかなりパニックになったのを覚えている。
魚釣りにも精を出した。
2人分まかなえるほどではなかったが何匹も釣れた時はオリの帰りが待ち遠しかった。
午後は大自然の中のトレイルコースを散歩したりビーチでのんびりしたりして過ごすのだが、街へ行くことも多かった。
広場でいろいろなパフォーマンスをやっているので楽しいのだ。
ヒッピー風の人が多いのだが中でもレジェンド級の男が1人いた。
名前は忘れてしまったがパイレーツカリビアンのジャックスパロー風の見た目の若い男だ。家はなく普段は裸足で街をふらふらしているのだが彼女が11人いるらしい。
最初は嘘つけと思ったが、いつも街では違う女性をつれて歩いていた。
「家なんかいらない、飯も女性たちがなんとかしてくれる」
今まで出会った中で最強のホームレスだった。
明らかに旅行者の若い女性とキスしているところも目撃したことがある。
いろいろな生き方があるものだ。
バイロンベイにはもう一人異彩を放つ男がいた。
のちに私が『BigGuy』と名付け呼ぶようになるのだが、
身長が2m近くあり筋骨隆々の浅黒い肌に、黒い皮の帽子を目深にかぶり、
明け方にビーチを独特な歩き方で行ったり来たりするのだ。
それがまた速い。
その後太極拳のような動きをしてどこかへ消えていく。
ボロボロの小さいリュックを片方の肩に担いで街に出没することもあった。
彼もまた裸足だった。
おそらくホームレスだがそんな次元を超越した独特の雰囲気を放っていた。
バイロンベイの夜もまた楽しかった。
オリはギターが弾けたので火を囲んで2人でよく歌いあった。
パフォーマーが集まる夜の街へ行き隅のほうで2人で弾き語りをしたこともあった。
下手くそな日本の歌だったが道行く人が聴いてくれてお金をくれた時には嬉しかった。
夜のビーチは賑やかだった。
2人でナンパに挑戦したこともあった。
オリは華奢な見た目で決してモテそうな感じではない、
かたや私は英語もろくに喋れない小汚い日本人。
男前がそろうサーファー軍団を相手に勝ち目はなかったがそんなことも楽しかった。
10日ほど過ぎたころか、ある日いつものようにキャンプの場所へ戻ると警察官が1人いた。
「やばい」どうやら荷物も見つかっている。
「これはお前のか?」「いや、え…」しどろもどろとはこのことだ。
何も答えられないでいると
「ここでキャンプしたら罰金だからな」
「明日また見にくるからな」
現行犯でないためか、綺麗に片付けていたこともありその場は見逃してくれたのだ。
ビーチ一体は国立公園になっているためキャンプは禁止されていた。
夕方オリに事情を説明してその場を後にした。
ビーチを離れ、崖を超えた先の茂みの中に引っ越しをした。
街からはかなり離れたがしかたない。
人がまったくいないエリアでの生活はまさにロビンソン・クルーソーのようだった。
数日経ったある日、オリが茂みに隠していた荷物を取ろうと林の中に入っていった時だ
「アウチ!」
飛び跳ねるオリ。
「アウチ!」
戻ってきて尋常じゃないほど痛がっている。
ジャンピングアンツだ。
正式名称なのか分からないがぴょんぴょんと跳ねる赤黒い小さいアリだ。
噛むのか刺すのかするらしいが
1度私もくらったことがあるが瞬間的に衝撃的な痛みがはしる。
やられると飛び跳ねるほど痛いのでそう呼ばれるのかもしれない。
大量にやられると死ぬこともあるという恐ろしいアリなのだ。
2人で必死になってオリについたアリを追い払う。
おびただしい汗、呼吸もあらい。顔色も悪い。
その時である、林の中から大男『BigGuy』が現れた。
持っていた水で患部を洗い、リュックから自前の薬のようなものをとりだし、
何も言わず患部に塗りだした。唖然として無抵抗の2人。
オリを安全な木陰まで運ぶと裸足のまま藪へ入り私たちの荷物を取ってきてくれた。
ジャンピングアンツが大量にいるかもしれないと分かっているのにだ。
荷物についたアリを手ではらいのけている。
最強の男『Big guy』に度肝を抜かれた瞬間だった。
彼は山の中に暮らすオーストラリア版の仙人だ。
年齢はおそらく40歳くらいで間近で見るとアメリカの先住民のような彫りの深い男前だった。
英語は話すがかなり無口である。というよりほとんど喋らない。
出身や国籍も不明であった。
ただ1つ、ジャンピングアンツにも屈しない屈強な肉体と精神の持ち主であることは確かだ。
私たちはBig Guyと行動をともにするようになった。
どこに住んで何を食べているのかはわからなかったが朝になると私たちのキャンプエリアを訪ねてくれるようになった。
明け方一緒にビーチへ行って彼の独特な運動を見よう見まねでやってみたがついていけず早々に諦めた。
そんな生活が続いたある日事件は起きた、夜の街でいつものようにギターを弾きながら3人で座り込んでいたところに2人組の警察官がやってきた
「お前を逮捕する」
「一緒に来い」
彼らは抵抗するオリの手を引っ張りあげた。
バイロンベイは自由な街だった。
自由だからこそ、危うさもあった。
平和ではあるが、夜の街では違法なものも含め、さまざまな誘惑やトラブルが普通に転がっていた。
パトカーで連行されるオリ。
Big Guyと呆然と立ちすくした。
何ができるか分からなかったが警察署の場所を聞いて2人で向かった。
とにかくオリの近くに行こうと。
オリはいったいどうなるのか。
ここでもう会えなくなるのか。
寂しさで涙が溢れる。
2人で何時間そこにいたかは分からない、闇の中ゲートが開いて1人の男が出てきた。
オリだ。
どうやら大事にはならなかったらしい。
理由なんてもうどうでもよかった。
無事だった。
ただ、それだけでよかった。
バイロンベイには3週間ほどいた。
最初は度肝を抜かれた裸の美女達にもなんとも思わなくなっていた。
サーフィンも上達せず最後の方は練習しない日もあった。
ギターはそれなりの成果を上げ、ロビンソン・クルーソー気分は存分に味わい
仙人にも出会った。
いろいろなことがあったな。
もうお腹いっぱいだった私はバイロンベイを離れることにした。
オリは面白いやつだった。
何をしでかすか分からない少年のように無邪気な男だった。

ある夜私たちのキャンプへ戻る途中にバーベキューを楽しんでいたグループに声をかけられた。
「あなた達も一緒にどう?」
老若男女が混在する不思議なグループだったが、酔っていた私たちはお邪魔することにした。
少しして、もうそろそろ帰ろうとオリを見ると明らかに50代くらいの女性といい感じになっていた。
「お前うそだろ?」と思ったが
「やす、先に帰っててくれ」と言うので遠慮なく先に帰った。
しばらくして口の周りを真っ赤な口紅で派手に汚したオリが帰ってきた時には爆笑してしまった。
しばらく拭き取る様子もなく月明かりの下で余韻にしたっていたのは可愛らしかった。
オリとBig Guyにバイロンベイを出ることを告げた。
「これからシドニーへ行く、そこで自電車買ってオーストラリアを縦断する」
ニュージーランドで自転車で旅するオランダ人に憧れて以来ずっと心に決めていたプランを2人に告げた。
世界で一番行きたい場所エアーズロックに自転車で行く、そう決めていたのだ。
驚く2人に続けて言った。「一緒にやらないか?」
戸惑う2人だが先に口を開いたオリの答えはNOだった。

「やすはできそうだけど俺には無理だ。バイクだったら考える」
無理もない、オリがいたら楽しい旅になったろうがこんな誘いに乗ってくれる人はそうそういない。
ふとBig Guyを見ると真剣に考えていた。
「まじか」かなり心強いがBig Guyとの自転車の旅は想像していなかったので戸惑った。
しかし彼はここへ残るということだった。
いつか離れて旅をしたいという思いも聞いた。
オリもバイトを終えていたこともあり次の街へ行くということだった。
もう使わないであろうサーフボードは街の掲示板に出していたので売ることができた。
ほぼ譲り受けた額と変わらない値段になった。
バイロンベイで覚えたのは、サーフィンでもギターでもなかった。
あの街で出会った人たちは、今でも忘れられない。
バイロンベイは思い出に残る街になった。
ホームレスという概念が変わった。
今までは悲しいイメージだったが、社会に束縛されない自由で力強い人たちがいた。
何事もその人次第。
自由とは、誰かに与えられるものじゃなく、自分で選ぶものだ
ということを教わった。
オリもBig Guyも、社会から外れているように見えて、誰よりも自分の人生を生きていた。街や海も素晴らしかったがそこで出会った人達は忘れられない。
